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 純愛ist(更新停止)

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つるぎのうらがわ



 身体が心を信じて 戦いを駆け抜けた
 悲しい嘘で苦しむような 弱気な覚悟は許さない
 見せかけの正しさが 見せかけの優しさへと
 崩れることを知りつつ 情けをかけよう

 この漫画のイメソン『亡霊達よ野望の果てに眠れ』をオープニングに同人誌裏話のコーナー。今回は冬コミの本「つるぎのゆくえ」。もう半年近く前に描いた漫画なのか、時間はえー。
 剣さんの剣さんによる剣さんに捧げる本。当時のSKL歴3年弱の妄想を総動員した思い出深い漫画であります。

・表紙
 刃をノドにあてがう、いわゆる自害の姿勢です。自己嫌悪が自分を殺す、自殺願望ととれる内容なのでこうしました。画力的な問題で、ただ刀を構えているだけのように見えるという不安があったのですが、ちゃんと自害に見えたでしょうか。
 5回ほどの書き直しを経てできた構図と、姉と妹がレイアウトを決めたという難産の表紙でした。自分で考えたら絶対に出てこない構図だったので、お気に入りです。話の根底に『死』というテーマが流れていますので装丁は小口まで真っ黒にして棺を、縦書きのタイトルは墓石をイメージしています。箔押しの刀が我ながらが美しい。
 奥付では刀を収めています。

・タイトル
 大分昔から決まっていたタイトルです(というかこのタイトルでもっと短い漫画を考えていて、それを大幅にボリュームアップしたのが今回の漫画)意味はそのまま「剣の行方」。まとまりがよく響きが美しいのでかなり気に入ってます。
 一応別案もあって、ラストシーンからとって『うつくしい名前』。私が大好きなTHE BACK HORNの名曲です。

・「生か死か うまれておちれば陰ふたつ わが身をうらなえ つるぎのゆくえ!」
 破調の短歌。
 歌意:一度産まれてしまえば生きるのにも死ぬのにも苦しみが付き纏う。はたして俺はどちらの地獄と生きるのか。この剣の行く末が教えてくれるのだろう。

・冒頭回想シーン
 海動のはじめての殺人。詳しい年齢は決めてないけど10才前後くらいを想定。殺した相手は実父。
 ほぼ自衛のために、考える間もなく殺してしまいました。元々『剣』として育てられていた海動ですが、それを否定する気持ちは幼いながらにありました。しかしここで初めて、生きるために人を殺した=人を殺して生きる道を選んだ=剣としての自分を認めた、と考えており、海動の「望まない自分」の象徴であり、自己嫌悪がこの時の海動の姿をとって現われた、ということになってます。
 このシーンの構図が後で少年海動が大人海動を殺そうとするシーンでそのまま使われてるけど「ここで死んだのが自分ならよかったのに」という後悔の現れです(そして、独白の「なんで俺はあの時死ななかったんだ」はここで素直に殺されてれば楽だったのにな、という話)
 実は服装は着物が理想なんですが、いよいよ誰だこれになるので作画上の問題も含めて簡単な格好にしました(実家にいたときは着物で、今回の格好は家を出て一人で生活してた頃の服装)せめてもの苦し紛れで、お父さんは着物です。

・少年海動の不可視
 少年海動が海動以外に見えないのは、海動が自分のコンプレックス(自己嫌悪)を極力隠そうとしているからです。ここは海動の想像の世界なので、まったく他人に見えないということは海動は自分では上手く隠しおおせている、と思ってるみたいです。本当のところは分かりませんが。

・海動の利き手
 食堂シーン、大人海動と少年海動のお箸を持つ手が実は逆です。
 これはうっかりではなく(うっかり利き手を間違えることはよくあるけどこれだけはわざと)尊敬するSKL書きさんの作品の「海動は元々左利きだったんだけど矯正した」って設定がめちゃくちゃ好きで、お恥ずかしながら真似させていただき、子供の頃は左手でお箸を持たせました…。
 じゃあ後半の少年海動が刀持ってるシーンはどうなのよ、右手て持ってるじゃんよ、という話になりますが、私はまだ未熟なのでコマごとに描きやすい方の手に刀を持たせています。刀を持つ手をどっちかに固定できるほど優れた絵描きじゃないですよ…。なんで、左利き設定を生かしたのはこの食事シーンだけです。

・由木のスカーフ
 実はこの話、時間軸をかなり迷いました。奇械島前にするか後にするか。
 まだ海動が自分の過去や真上との関係に踏ん切りがつけていない、ってことでネームの時点では前でいこうと思ってたんですがやっぱ後にしました。
 真上や由木と絆が強くなっているからこそ失う恐怖が強くなるし、ここで真上に助けられておけば真上は奇械島での恩を海動に返せるから丁度いいかなと。
 なので、由木も海動に命令し慣れてる感じです。

・海動と少年海動
 真上&由木と別れると少年海動は海動の前から消えます(=行動開始)
 真上達がいないとどうしても自己嫌悪が動いてしまうのです。特に仕事前だと、これから殺しに臨むので「ひとごろスイッチ」が入ってしまい、殺人道具(剣)としての自分に虫唾が走ったりするのです。そして、その後の海動のお仕事シーンですが、この頃少年海動はまったく同じようにコーラルステーション内の仲間を惨殺してるのです。
 ごはん食べてる時もそうですがこの二人の動きは連動してます。

・海動の過去
 ぼかして書きましたが、実はあんまり決めてなかったりします。
 殺しを生業にしてる(していたといった方が良いのかもしれない)剣士の家の生まれで物心ついた時から「剣」として育てられていた、としてます。別に悪意ある家系な訳ではなく、ある意味「剣」に対して非常に純粋でストイックで時代遅れな家でした(実父が海動を殺そうとしたのも家の習わしのようなもの。子が完成した時に親は死ぬ。海動が父親殺しをするのは予定調和でした)
 これはSKLにハマったかなり初期に作った設定で、これをどうにもプレストーリーの世界観に上手く落とし込めなくて断念しました。まあ、ここらへんはぼんやりさせたままで良いつもりです。

・剣という定義
 これはあとがきにも書いた「SKLにはまって3ヶ月くらいした頃」の話(今気付いたけど、当時の画像の日付を見るとSKLにはまって1ヶ月くらいだったみたい…)ちょうど漫画版も読み終わって、自分の中で海動と真上という二人の男のテーマを定めた短い文章を日記に載せました。
*  *  *  *  *

 俺には自分の名前が無い。
 顔が無い。体が無い。声が無い。親が無い。故郷が無い。過去が無い。
 自分のものと呼べるものが何もない。他人の体で、他人の手により、他人の目的のために生まれた。
 自我というものが何から生ずるものかは分からないが、他人の体でも生まれるものらしい。
 俺の自我は「自分」を欲した。「自分」になりたかった。その結果、果たして自分である他人を消すに至った。
 他人を消しても、やはり自分には名前などなかったし、顔も声も体も他人のものだったし、親や故郷がいきなり湧いて出てくる、なんてことはなかった。
 ならば、ただ自分を探した。探し続ければ、きっと見つけられるはずと。
 しかし、どこを探しても自分はいなかった。
 それは当たり前のことだとは本当は分かっていた。
 生まれたときから「自分」という人間はいないのだから。しかし、それを認めてしまったなら。
 俺は何のために生きているんだ。

 俺には自分の名前が無い。
 「剣」というのは親が俺に与えた定義であって、息子の名前ではなかった。
 いわゆる俺は親に鍛えられた一振りの剣であり、なので有り体に「剣」と呼ばれていたに過ぎない。
 「剣」になる自分が心底嫌だったが、鈍らは折られるだけだから、折られたくないからただ「剣」になった。
 来る日も来る日も、打たれ、焼かれ、また打たれ、斬った。
 そうして出来た一振りの無銘の剣は、振るう者もいない、振るう目的もない、振るう意志もなかった。
 鍛える者が消えても終わらない。斬れない剣は折られるだけだから、持ち主も目的も意志もなくとも、斬った。
 誰にも折られないためには、ただ斬れる剣であること。俺は増して自らを剣とした。
 そうしてく内、はたと気が付いてしまった。なぜ俺はそうまでして生きたがる。
 生き残るために剣になり、剣になりて何を生きる。
 俺は何のために生きているんだ。

 「生きていて良かった」と思えることがあるなら、それは俺のこれまでに意味があったということだ。初めて俺に意味が与えられるというのなら、俺はそのために生きてきたんだと言い換えられるんじゃないか。
 「自分が何のために生まれてきたか」なんて傲慢な問いは大嫌いな俺たちだけど、「自分が何のために生きてきたのか」って問われたなら、「俺はお前のために生きてきたんだ」って笑ってお前に言ってやる。

*  *  *  *  *
 刀として育てられた人間というと『刀語』の七花がそのものなんですが、この頃は知らなかったのでFateの名呪文「体は剣で出来ている。血潮は鉄で心は硝子。幾度の戦場を越えて不敗。ただの一度も敗走は無く。ただの一度も理解されない。彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う 。故に、その生涯に意味はなく。その体は、きっと剣で出来ていた。」から着想を得てます(今では七花もモチーフの一つにしてますが。イメソンの『亡霊達~』も刀語の歌)
 この文章を見て「海動の剣という名前には、すごく残酷な意味があるのかもしれない」と思い至った訳です。

 あと、この頃から「戦いたいから戦い、潰したいから潰す」ってセリフも自分の中でひっかかっていまして。「戦うことでしか生きている実感を掴めない」のセリフといい、本当にただ戦いたいのか?戦うこと以外なにも知らないから、無理やり戦いたいと思い込もうとしてるだけじゃないのか?って疑問もありまして。
 そんな訳で、この頃から海動に抱き続けてきた「戦闘依存症に潜む自我の希薄さ」みたいなものを、今回の漫画でやっと表現することが(自分的には)できました。

・コーラルステーション全滅
 前ページのゲリラ惨殺と同じ手口で殺されてます。海動はこの時点で、これは自分がやったということは信じたくはないが確信してます。
 ↓に続く。

・由木死亡
 ゲッターお馴染み新ゲ地獄変のパロディ。「盲者」「心中」も地獄変を挟んでたし、私本当に地獄変が好きなんだなあ。
 ここですが、海動が由木を発見したとき由木はまだ生きていました。流石に海動も死体に「何があった!?」と聞きません。だけど、死体の中に埋まってる由木を見て「あ、もしかしたら俺は由木を殺したのかもしれない」という想像がよぎってしまった瞬間、本当に由木は死んでしまったのです。

・色々死亡
 八稜郭などのまだ生きてる人、スカーレット・キバ・ガランなどもう死んでる人。これから殺すかもしれない不安と、殺すしかできなかった後悔。
 面倒くさい人なのですが、海動はどうしても『死』という概念と自分を切り離すことができない人です。

・剣と人という話
 海動は殺しを楽しむような人間じゃないけど、でも「殺さなければ」という強迫観念はある(殺さなければならない環境であったから)そして、その強迫観念に応えるための殺しの技術がある。結果、一見戦闘狂とも取れる生き方になった。
 でも、本当は殺したくない。本当はキバだってガランだって殺したくなかったし、スカーレットだって守ってやりたかった。死とは無縁の、当たり前の青年になりたかった(そして、そうなれなかったのは環境のせいで環境が変わればもしかしたら…と思っていた。でも、やっぱりできなかった。それがまた海動の中の「剣」という自分を意識させた)

 死を作る生き方も、死を厭う感傷もどちらも海動剣という人間のものなのだけど、海動はそれを同一人物として処理することができない。「剣」と「人」だと分けて考えてしまう(解離性人格障害のようなものなのかもしれない。しかも、別個の人格にする理由は、逃避のためではなく自らを追い込むためなのだからつくづく不憫)
 分けて考えるからどちらかを選ばなければと思うし、選べない(当然。どちらも海動の本性だから)という中途半端さに自己嫌悪してしまう。

 人間ならば葛藤や矛盾を抱えるのは仕方のないこと。今回の自己嫌悪の顕現は、その矛盾を拒む海動の潔癖さの現れというか。むしろ少年海動が今(葛藤を抱えて苦しむ道)から自分(海動)を救いにきた、と言い換えられるかもしれない。結局、葛藤を受け入れることで決着する訳ですが。

・真上死亡
 当初の案では、少年海動が真上の生首を持ってくるという流れだったんですが、より残酷にするために海動の目の前で殺させました。
 この状況で海動がもっとも起きてほしくないと思った状況が再現されます。

・海動ピンチ
 補足しておきますと、もしこれが現実世界だった場合、海動は絶対に真上に助けを求めません。生粋の戦士ですので、腕の二本、足の二本、命を持っていかれようが覚悟はできてます。
 ですが、ここはあくまで精神世界で、受けているのは精神的ダメージですので無意識に真上に助けを求めたのです。精神の拠り所として。
 海動が必要以上に怯えているのも、精神的に追い詰められてるからです。

・海動の回想
 それぞれプレストーリーから無法者を酒場にけしかけるシーンと水運びの幼女を助けるシーン。ちなみに襲わせた酒場の店名は「KING」。バイオレンスジャックが暴れたスラムキングのレストランからあやかりました。

・海動の人生観
 海動は「なんとなく生きる」ということができない、というかそれが許せない潔癖で頑なな人ってことにしてます(真上もまったく同じ。なんとなく生きられないから家出をした)
 人の命を奪ってでもつないだ命である、ということと、苦しいのを我慢して死にもの狂いで生きてきた、ということから「その分自分の人生を意味あるものにしなければ」という欲求が非常に強い。

 海動が荒くれを殺し合わせるのも、幼女を助けるにも深い理由はありませんでした。「なんとなくそうしたいと思っただけ」程度。
 持論ですが、人の精神とは「感情」と「意志」で大別されると思っております。「感情」とは「~したい」という欲望。これはその時の身体の状態や環境ですぐに変わるものです。「意志」とは「~する」という覚悟。自分の夢とか、誇りとか、生きがい…そういうものです。
 海動はその時々の感情に振り回されてダラダラと生きることが許せなかった。切実に、固い意志が欲しかった。なんとなく幼女を助けた、なんか楽しいから人を殺し合わせた。「なんとなく」で方や殺し、方や助け、人の命を左右する。そんなんじゃ駄目だ。殺すなら救うなら、もっと確かな理由と意志でもってそれらをしたかった。
 もっと端的に言うと、アイデンティティが欲しかった。拒みたくても『剣』という定義を押し付けられた少年期、殺意と博愛が同居しどっちが本当の自分か分からなくなった青年期、そんな自分を顧みて「これこそが例え何があっても揺るがない、自分が自分と認められる自分」と言えるものが欲しかった。
 海動の欲する「確かなもの」とはそういう意味です。これはいわゆる真上の言う「証明」と同義で、海動もまた自己の証明を求めて生きてきました。

 そして、真上との出会いを経て、やっと手に入れた唯一確かなものが「真上を愛している」ことだった訳です(は、恥ずかしい…)だから、海動は真上を愛している限り、自分を見失わないでいられるし、自分を肯定できるのです。
 いきなり前の本に戻りますが、『イッツオールアバウトマイワールド』て海動が真上以外に心を許すことを異様に恐れているのは、この「真上を愛している」というアイデンティティが揺らぐかもしれないと感じたからです(自分のアイデンティティに「由木を愛している」とかが加わるかもしれないから。それは別に悪いことではないんですけどね。要するに、初恋に操を立てたいんです)

・目釘をゆるめるということ
 「目釘をゆるめる」という海動の癖ですが、そりゃハンデをつけて戦いを楽しむためだろというツッコミはおいておいて、ここは「相手に手心を加えている」という意味にしました。相手を斬らなければならない、でも本当はそうしたくない。その結果、目釘を緩めるという行為でちょっとでも情けをかけている。
 内心では「結局は斬り殺してるのだから自己満足に過ぎない」という気持ちもあり、逆に自己嫌悪を助長させていたのですが、「斬る」という剣の行いと「情けをかける」という人の行いの同居、ということで今回の海動の苦悩に決着をつける形になりました。

・真上との出会い
 小説での海動と真上の出会いの場面の再現な訳ですが、小説中では舞台は瓦礫と化した街中なんですよね。しかし、海動と真上が武器を突きつけあうOP中のワンカットのビジュアルイメージが強烈だったため、それに合わせて砂漠のど真ん中にしました。死体もなし。
 「これ小説のあのシーンの再現って伝わらなかったからどうしよう。ぜってえイミわかんないよ」とかなり心配してました。どうだったでしょうか。活字を映像として描くのって難しいですね。
 私にとっては、あのシーンはまさに二人だけの永遠の瞬間です。

 しかし、海動はこの出会いをすごーーーく後悔してます
 海動は真上に一目惚れです。なのに、海動が真上に刀を向けてしまったのは海動の不器用ゆえ。歪んだ育ち方をしてきたので、武器を持った相手には武器を向けてしまう反射的な習性と好きな人とのコミュニケーションの仕方というものを一切知らなかったから。刀を交わすしか相手を知る方法がなかった(海動は自分のそういうとこも嫌いなんですな)
 そうとはいっても、今現在、全身全霊をかけて愛している人に自分は過去に殺意を向けたのだという事実は海動の中であまりにも重く、ひどい心の傷になってしまった。真上と親密になるにつれてその傷は深くなるばかりで、「自分は愛する人さえ手にかけるのかもしれない」という不安がまた自己嫌悪の要因のひとつになっている。
 あとがきでも書きましたが、このあたりの流れは、私が地獄をホモにするための必要悪って感じです。私は殺意と愛情は決して同居しないという考え方の持ち主で、地獄を恋人として描くならその間に殺意を介入させてはいけない。でも、実際二人は殺し合おうとした。そのつじつま合わせを剣さんの心の傷としてしてるのです。申し訳ない。

・いいこいいこ
 何度か語る機会がありましたが、うちの海動が一撃でおちる必殺の技、それが「剣はいいこ」です。
 無条件の肯定と無条件の愛情。自己否定的な上に愛情失調の幼少期を送ってきた海動は致命傷を負います。
 母親(無条件に自分を愛する人)に愛されなかったというのは幼い海動の自己否定に拍車をかけた意外と大きな要因です。どちらかというと、父親はそれほど気にかけてませんが(むしろ自分を鍛えてくれてそれなりに感謝してる)母親のことについては深く傷ついています(ちなみに海動の母親は父親の死後、自殺しました)
 うちの真上が母性的な感じなのはそういう理由です。

・海動の大問題
 結論として、海動のなにが問題かというと真上の言ったとおり「自分を悪い子だと思い込んでる」のが悪いんです。
 海動はもちろん由木や真上に手をかけることは絶対にないですし、殺しを楽しいとも思ってませんし、真っ当すぎるくらい真っ当な人間です。
 でも、殺しを重ねてきた罪悪感と未熟故に犯した過ちのせいで自分は殺人狂のキチガイで更にそれを悲劇のように酔ってる偽善者と思い込んでしまってるわけです。

 生来優しすぎるんです。優しすぎて、人を傷つけてしまったら自分を責める。人を傷つけたくないから、自分を怖がる。不幸な境遇を誰のせいにもできなくて、全部自分のせいにして世界で一番自分を憎く思う。頑なに、誰も悪くない、俺だけが悪いと思い込む。
 自己を正当化する術を知らないんですね。悪く言うなら、「自分は悪くない」と言い張れるほど度胸がない。というか、そこまで自分に正当性を感じられるほど自分にいい思い出がない、自分を好きじゃない。
 「優し」くて「頑な」。やはりうちの海動を表現するのにこの二つは欠かせないな、と思います。

・海動と真上の関係
 この二人の関係をあまり「共依存関係」と書きたくはないです。それに近い関係であるとは思うのですが、「依存」というとマイナスイメージがついてしまうので。
 私はあまり「依存」って悪い印象じゃないんですけどね。自分が自分であるためのパーツがたまたま他人の中にあった、それだけのことだと思います。ポジティブな依存っていうのかな。
 こういうポジティブな依存先を見つけてる人は「自分に必要なものをきちんと認識でき、それを欲するという行動を起こしている」という意味で、私は「依存」とはとても前向きな状態だと思ってます。

・ラストシーン
 冒頭シーンをそのまま使ってますが間違いさがし。
 ベッドで起きるコマは、冒頭は刀がベッドサイドに立てかけてありますが最後ではなくなってます。んでラストコマでベッドの上にある。夢の中でベッドの中にいたのは少年海動でしたが、現実ではそれは愛刀だったということ。

・結局夢の中の真上って?
 海動の夢は海動の思い込みの世界なので、夢の中で海動を助けに現れた真上は海動の「真上に助けてほしい」という思いの具現化であるとも言えます。
 でも、もしかしたら本当に現実の真上が夢の中に入ってきたのかもしれません。私は真上のことを「ただの物凄いバケモノ」だって思ってますので。

・最後に
 この漫画を描いた大きな理由は2つある気がします。
 まず1つは、海動メインの鬱々した話を描いてみたかった。
 SKLのシリアス担当というか、自分の存在意義を問うたり、生き方に悩んだり、そういうのは人造人間である真上の担当になるのは否めない気はします。
 でも、コメンタリーで「ただの荒くれ」と設定されている海動ですが、その「ただの荒くれ」が、どのような経緯であそこまで自らを鍛え上げ、そして人造兵士と心情を同じくするほどに戦いしか身の内に残らなかったのか、そこに考えを伸ばすと真上と同じくらい(出生が普通の人間であることを考慮するに)むしろ真上より遥かに凄惨な生き方をしてきていると思います。というか、プレストーリーの情緒不安定ぶりでそれを確信しました。あの人だって多分そんな人生に傷ついてきている、そして真上が海動によって救われる以上に海動は真上によって救われている。
 海動メインでしんみりした話…というかコンプレックスだとかトラウマだとかそういうドロドロした話をあまり見かけることがなかったので、海動だってナイーブなんだぞー!とこういう話を描いてみようと思い立ったってのが1つ。

 もう1つは、剣さんへのケジメ。
 剣さんのことが大好きで、剣さんのこといっぱい妄想してきました。その3年がかりの妄想の終着点というか、大好きな剣さんについて今まで考え抜いてきた自分なりの答えを、まだ同人誌が描ける内に明確に形にしたかった。今まで剣さんを好き勝手描かせてもらってきましたが、「結局お前にとって海動剣さんってどういう人なの?」という自問自答への答えです。
 グロ表現、鬱な展開、盛りすぎな捏造。色々やらかしました。正直こんなん描いていいのか?と自問することもありましたが、今まで色々な意味でお世話になった海動剣さんへのケジメと感謝だと思って描き切りました。
 読んでいただいて、「剣さんはもしかしたら真上以上に悲壮な男で、それでも懸命に戦ってる頑張り屋かもしれない」とふと思っていただけたら描いた甲斐があります。

・おまけ
 冬コミの無配ポストカードは着物剣さん。
 実は当初はあとがきページに着物の剣さんを描く気だったんですね。話は暗いけど、あとがきだけはぱーっと華やかに笑顔で晴れ着で。
 まあ、いよいよ誰だって話と時間の関係でボツになりました。


 次回の裏話は、ほのぼのサイレント漫画「今夜は恋人を迎えに」
 6月のイベント後くらいに書こうかと思います。

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